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RollsRoyce Bentley Specialist

株式会社シーザートレーディング
TEL.
042-480-2222 (
営業時間10:00~20:00)
東京都調布市西つつじヶ丘1-58-12

CAESAR COLLECTIONSHEADLINE

M・BENZ

 
  AUTO MAKER M.BENZ
  MODEL 300d-Adenauer
  YEAR 1961
  EXTERIOR BLACK


(ブラック)
  INTERIOR TAN-LEATHER


(タン・レザー)
  PRICE \ ASK 
  シリアルナンバー 18901012002977
  AMMENITIES



ディーラー車 左ハンドル 

 






直列6気筒 SOHC 3.0L(2996cc)




3速コラムAT(ボルグワーナー製)






馬力:180馬力/5300rpm





最高速:165km(MT車なら170km)




全長:519cm



全幅:186cm



全高:162cm



車輌重量:2000kg



定員:5名




レストア済み個体




内外装極美 機関 当社にて完全整備渡し 超極上車!







車検:平成31年 7月24日まで








  COMMENT





「300d アデアウアー」











実に珍しいモデルが入庫した。




では、いつもように少々 歴史から入っていこう。




メルセデスの戦後は、1946年発売の「170V」から始まる。



このモデルは、完全に戦前設計大衆車であった。



だが、戦前のメルセデスは、世界の王族(日本の皇室も)、貴族を魅了した



グロッサー「770K」、そして、世界中のVIPを魅了した可憐でスタイリッ



シュな「540K」などなど、、格式高き千両役者がそろい踏みの高級自動車



メーカーだった。




そして、メルセデスは、戦前の格式を取り戻すべく、連合軍統治の元、極秘計



画を進行する。



連合軍の統治がとけた僅か3年後、




1951年4月 フランクフルト・モーターショーで、そのクルマはベールを脱ぐ




W186 「300」




新設計、アルミヘッドSOHC新エンジン、四輪独立懸架、僅か排気量 



3.0Lにして



最高速は、160kmに達し、0−100kmを、18秒



このスペックは、あの「770K」をも 上回っていた。



噂によれば、アメリカの意向で「3000cc」以上のエンジンは作れなかった



らしい。だから、排気量は、2996cc。



だが、メルセデスには、実績も技術力も意地もあった。



曰く:「このクルマで、世界中の競合他社を絶滅させる・・」




このモデル「300」が、フラッグシップカー、「770k」の戦後版で



1954年に登場させた「300」の2ドア・モデル「300S」が、「540K」の



戦後版というわけだ。



「300」は、1951年から1962年の間に生産されたモデルであるが、



シリーズは、4つに分かれる。




年表で見てみよう




1951年 4月 :「300」 115馬力 160km



1954年 3月 :「300b」136馬力 163km



        ・真空補助パワーブレーキ追加 他



1955年 9月 :「300c」 136馬力 160km



        ・リア・ウインド拡大 他



1957年 11月 :「300d」 180馬力  165km



        ・大幅改良



1962年 生産中止




初期の「300」は、後に「a」と呼ばれるようになり、シリーズは、




a.b.c.d の4種 




a.b.c.の3種は、ほぼ同じモデルと考えて良いが、




「d」だけは、別物なのだ。



ボディデザインも異なるし、ホイールベースまで違う(4インチ長い)



だから、モデル型式も異なる。



a.b.cは、モデル 「M186」



dだけ  モデル  「M189」



別物



現在では、a.b.c.d共に「アデナウアー」と呼ばれているから、同じと



勘違いしている方もいるが、まったくと言って良いほど異なる。




因みに「アデアウアー」は、戦後初の西ドイツ首相「コンラッド・アデナウ



アー」氏のこと。



首相が公私共に この「300」を愛用していたことから、通称名で「アデアウ



アー」と呼ばれる。



興味深いことに、私の好きな故「吉田 茂」首相は、アデアウアー首相と




公私共に仲が好く、1954年に、西ドイツを訪問した際、



アデアウアー首相に「私もベンツを購入する」と約束したそうだ。



だが、これは、訳に諸説あり、本当は「貴国復活の折には、ドイツ車を購入



する」だったという。



実際、吉田首相がベンツを購入したのは、それから およそ10年後の



1963年9月22日 85歳の誕生日 



「300SE」所謂ハネベンツのヤナセ1号車を、梁瀬社長自らが運転し、大磯の



自宅に納車する。




吉田茂公は、すでに政界を退いていたが、アデアウアーに電報を打つ。




「ワレ、イマ、ヤクソクヲ ハタシケリ」



この話は、オールド・ベンツ・ファンの間では、あまりにも有名なくだりで



あるが、私は昔から疑問であった。




なぜ、10年後だったのだろう?



1954年に西ドイツを訪問した際、必ず「アデアウナー首相」のアデアウアーを



みているはずだ。



「私もアデアウアーを購入するよ」 と言ったとしても真実味がある。



ヤナセが(ウエスタン自動車が)、ベンツの販売権を取ったのは、1952年



「アデアウアー」でも買えたのではなかろうか?



ここからは憶測であるが、




おそらく、



1947年以降 輸入自動車を購入するのは、入札制だった。



まず、この入札に当たらなければ買うこともできない時代、



しかも、優先順位があり、実質的に自動車を必要とする企業から、、



一般人は、最後の最後。



このような状況下で、一国の首相といえど、自分を優先するわけには



いかなかったのではなかろうか、、。



それに、英国から持ってきた お気に入りのロールス・ロイス「25.30」も



健在だったし。



輸入自動車が本当の意味で自由化されるのは、1965年10月以降である。



この「300SE」とて、吉田茂公が、ベンツを欲しがっている という話を



聞いた梁瀬次郎社長が 気を使って1号車を回したのだ。




この吉田首相の「300SE」は、当時「530万円」だったという。



クラウンが100万円ほどの時代であるから、イメージ、現在の2500万円ほど



であろうか、。



仮に「300d」なら、「300SLガルウイング」と ほぼ同じの高額モデルであ



ったから、現在の価格の想像がつかない。




なにせ、「300SLガルウイング」は、石原裕次郎と力道山の二人、、



今の貨幣価値に直せば、数千万円であろうが、感覚的には1億はくだりまい。




さて、



「300d」というモデルを診て見よう。




生産期間は、1957年 から 1962年




そう、つまりは、ロールス・ロイス「クラウド」の対抗馬だ。



年式からして、〜59’の「クラウド1」「クラウド2」「クラウド3」と



全ての「クラウド」シリーズと戦ったことになる。



性能的には、ロールスがスペックを公表していない時代であるから、数字で



比べることはできないが、実質、いい勝負だったと思われる。




ヨーロッパ車が好きなVIPは、「300d」を、



イギリス車が好きなVIPは、「クラウド」を ということ。




どちらも、熟練工によるハンドビルド・ボディ、、手作り。



だが、中身は、「300d」の方が、遥かに先進的であった。





・フロントは、ダブル・ウィシュボーン・コイル・スプリング、スタビ付き



・リアは、二重コイル・スプリング・スイングアクセル



・ロードレベリング・サスペンション


 
 *サス剛性を三分の一まで高めることができる。



・真空アシスト・油圧ドラム・ブレーキ



・メルセデスの良心、、リサーキュレーティング・パワーステアリング



・ボッシュ製 メカニカル・ダイレクト・インジェクション



・ボルグワーナー製 パワーステアリング



・4インチ(10cmほど)ロング・ホイール



・Cピラー周りのデザインを大幅改良、、後部シートの視界拡大。



などなど




そして、ボディは、「ハードトップ」= Bピラーがない。



サイドのウインドを開ければ、両サイドの景色は 広大だ。





しかも、クォーターウインドまで取り外すことが出来る。そうすると景色は更に拡大する。





流石に「クラウド」のライバル・モデルである。



私は、昔から、クラウドのライバル・モデルとして、「300d」に興味を



持っていた。だから、a.b.cの「300」には、興味がない。




それじゃ クラウドに失礼、あくまでも対抗できたのは「d」だけだ。



「300d」の後継モデルは、「d」生産中止の翌年1963年に登場した



「M100」、、グロッサーメルセデス「600」だ。



「600」は、ロールスの「クラウド」は おろか「ファンタム」とも勝負する



ためのモデルであった。



まっ、この勝負のお話は、また別の機会に。



話を戻そう。




「300d」のエンジンは あのどれない。




直列6気筒 SOHC 2996cc 180馬力



最高速は、MT車で170km、AT車で165kmである、



すごいのは、




「1日中、最大速度で走り続けられる」という耐久性。





このエンジンは、あの名車に改良されて使われる。



1954年登場 「300SL」だ。



同じ2996ccの直列6気筒、チューンして、215馬力



名機であるが、このエンジンは、造作が大きい。



そこで、「300SL」には、50度傾けて搭載されている。




「300d」生産台数: 「3.077台」




他、コンバーチブルが、「65台」作られているが、このモデルは、今や高額



過ぎて、もはや、入手できまい。



2ドア・モデルの「300S」や「300Sc」も高騰して、5千万、1億って車に



現実的な価格で入手できるのは、もはや「300d」しか残されていない。








さあ、やっと当個体のお話:




1961年 (昭和36年) ディーラー車 左ハンドル



トリップメーターは、「10.397km」



当然 一周(5桁までしかないから)している。



残念ながら、記録簿は残されていないが、車検証上、




平成24年11月:109.200km



平成29年 7月:10.300km つまり=110.300km



で、現在: 110.397km



信憑性は高い。







内外装レストア済み!



当個体のオーナー数は、7名だと思われる。



思われる という意味は、当個体クラスの旧車になると、最初からの詳細証明



が取れない。



取れたのは、昭和47年以降、ここから、5オーナーだと分かるが、その前が



不明。



だが、だが、



ラッキーなことに、昭和47年7月から、なんと平成4年まで、、20年も所有



してオーナー様が、私の知り合い(大先輩)だった。



そこで、電話して聞いてみた。



即答で「そう、それ僕の300d」



流石に20年も ご所有であったから、なにからなにまで、よく覚えていてくれ



た。



購入した、その日のことから、誰から買ったかも。



ファースト・オーナーは、今も現存する棒有名学校法人理事長、



納得の人物だ。この理事長が、甥っ子さんに譲り渡した。



だが、この甥っ子さん、当時、まだ お若く、おそらくは 持て余したのだと



思われる。「カーグラ」の個人売買欄に掲載。



それは、先輩が買われた。 「そう、あれは、初台の・・・」のなんて



買った場所まで覚えていらっしゃる。




この先輩、面白いことに(失礼ながら)、当「300d」を手放したことを



今でも後悔している という。



なぜ、手放したか:




あまりにも「300d」が気に入りすぐて(驚くべきことに20年間、壊れたと



いう記憶がない という)、バブルのころに もう1台「300d」



をアメリカで買い、持って来たそう。



持って来てみたら、もっとキレイにしたくなってレストアを始める。



それで、当「300d」を手放した と。



結局、800万円ほど要してレストアしたそうだが、



「なぜ、あのとき、そっち(当300d)をレストアしなかったんだろう」



「ディーラー車の方をレストアすれば好かった」って、、



あとの祭りである。




そして、この先輩は、「300d」をキッカケに、一流商社を退社し、



車屋を始める。



クラシック・メルセデスの専門店、、環八にショールームを構えていた。



そのころ、私と知り合った というわけだ。



ショールームはなくなったけど、今でも車屋を続けている。



弊社にも、たまに ひょいと顔を出してくれる。



電話したとき先輩は、入院中だった。病院のベットで電話に出てくれたのだ。



そして、退院したら、



「昔の 恋人に 会いに行くよ」




先輩、アメリカから持って来た、もう1台の「300d」、、まだ所有している。





先輩のお話で、もう一つ分かったことが、



それは、先輩が購入した際、当個体は、「ホワイト」だったという。



そして、当個体をレストアした前オーナー様が購入した際も「ホワイト」



当個体の元色は、カラーナンバープレートで確認できる。




カラーVIN「40」= 「ブラック」



つまり、昭和36年から昭和47年の間にオールペイントされている。



これは理解できる。



当時のメルセデスの厚手の手吹き塗装では、せいぜい もって10年、、



先輩が購入する直前にオールペイントされたのであろう。



購入したときはビカビカだったようだから、間違いなかろう。



では、なぜ、ブラックに戻った?



前オーナー様が、当個体を入手したのは、平成24年のこと、、



そう、5年もレストアに費やしている。



しかも、レストア完了後、その某有名クラシック・メルセデス専門ショップ



から、弊社に積載車に積まれ直送されてきた。



前オーナー様が当個体に乗っていたのは、購入直後だけのようだ。



その後は、ずーーーとレストア工場。



思いのほか長引いたレストアが終るころには、所有台数を減らす時期に



なっていたという(ほかにも変なクルマを複数台所有の筋金入りの変態)。




そういえば、先輩も言っていた。



「300d」が 好いなんていう奴は変態しかいない と。



愛すべき変態は、私の他にも いた。




前オーナーが、オールペイントする際、フロントガラスを外してみたら、



黒ボディだった と、そこで、元は「ブラック」に違いない と



ホワイト・ボディを剥離して、「ブラック」に。



カラーナンバーも確認していないのに、ナイス・ジョブ!”





では、気が遠くなる内容であるが、



前オーナー様がレストアした内容を、大事な箇所だけ




外装では:




・オールペイント


 
 全バラシ(ボンネット、ドア4枚、トランク、フロントガラスも、



 左右フロント・フェンダーも外して)




・フロント・ガラス新品交換 (ウェザーストリップも新品に)




メッキ類:再メッキ箇所



 
 ・Fガラス廻りのモール



 ・Fガラス下のモール



 ・ドア・エッジ・モール



 ・ドアガラス枠のモール



 ・クオーターガラス廻りのモール



 ・リア・ガラス廻りのモール


 
 ・三角マド枠 2本


 
 ・三角マド・ブラケット 2組



 ・ノブなどのショートパーツ 8点



 ・ボンネット横モール 2本



 ・トランク・ハンドル


  
 ・ベンツ・マーク


  
 ・Fバンパー



 ・前後オーバーライダー



 ・グリル



 ・ヘッドライト枠



 ・フォグライト


 
 ・エンジン・ルームの化粧カバー


 
 ・ロッカーパネルの長いモール



 ・ロッカーモールの前後カバー 4個





などなど、




内装では:





 ・シート・ドア内張り 全本革張替え



 ・カーペット張替え



 ・ウッド 全リペア



 ・ステップラバー ドア4枚とも新品交換



 ・ドア ウェザーストリップ新品交換



 ・天井内張り 張替え



 ・三角マド シール交換





などなど




機関系では:




 ・インジェクション・ポンプ交換



 ・オーバーフローバルブ交換


 
 ・AT オーバーホール



  
 ・パワステ・オーバーホール



 ・Fショック・アブソーバー交換



 ・Fスタビ・ブッシュ交換


 
 ・Fスタビ・マウント交換


 
 ・ステアリング・ショック交換



 ・ドラックリング交換


 
 ・リア・ショックアブソーバー交換



 ・アーム・ブッシュ、マウント交換



 ・アクセル・マウント交換



 ・ブレーキ・マスターシリンダー交換



 ・ブレーキホイール・シリンダーキット前後とに交換



 ・4輪アライメント調整






などなど




流石に 5年分のレストアの全工程は書き出しきれないが、十分すぎるほどの




手は入っていることは ご理解いただけよう。







実際に走らせてみた:




このモデルは、面白いエンジンの掛け方をする。



キーをONにし、コラムのシフトレバーをニュートラル(0表記)の



位置にする。



そして、シフトレバーを前方に押す。



キュルキュル セルが回り、エンジンがかかる。



チョークなしでも、エンジンは直ぐに目覚める。



よく整備されている。



3速AT



走り出せば、とても昭和61年のクルマとは思えない。



普通にストレスなしに加速し、ハンドルもブレない。



変速時に 少々 コンッという音がするが、これは、乗る前から 前述の先輩



から聞いていた。



私には、まったく気になるレベルの音ではないが、先輩は、この音?が好き



で、もう1台の「300d」のATをオーバーホールした際、この音がなくな



ったそうで、慌ててミッション屋に戻して「もとの音がでるようにしてくれ」



とクレームをつけたそう。



わけがわからないが、変態マニアにとっては重要らしい。




「300SL」のエンジンの始祖、性能的には文句なかろう。



乗り心地は、極めて良い といえる。



「エンジン性能がシャーシ性能を上回ることはない」メルセデスの伝統は



当モデルにも当てはまっている。




そういえば、当個体には、クーラーがついていない。



だが、オリジナル時に選択したクーラーユニットがトランク内にある。



リアから吹出すタイプのクーラーだ。



前オーナーに確認したところ、新たにステーを作って近代物クーラー(前方



から吹出すタイプ)に替えないと効かない といわれ手をつけなかったそうだ




技術的には、問題のない作業であるが、いらないと思う。




私が試乗したのは、随分暑い日であったが、三角マドを開け、窓も4枚全開



で走らせれば、十分に涼しい風が 室内に舞い込んだ。



そして、その風情が、実に良いのだ。



三角マドからの風は、1961年の世界を再現してくれ、




マド4枚を開けると Bピラーがないので、大パロラマ、、流れていく風景



は 一服の絵画と化す。




これこそが、「300d」の世界。




戦後初のメルセデス・フラッグシップモデルは、伊達じゃない。



それは、戦前のグロッサーのごときオーラを放つ。




このモデルもまた、今後どんどん再評価を増していくだろう。



だが、今の段階で、当モデルに、ここまでの情熱とお金をかけレストアされた



「300d」は世界的にも珍しい。




本来、レストアなど個人レベルで行うものではない。



作業期間は、、、いつまで掛かるかも不明、



作業費用は、当初の予算を大きくオーバーして当たり前、ってか いくら掛か



るかも不明。




だから、完成品は、実に都合が良い。




そんな都合の良い1台が ここにある。



それは、




メルセデスの歴史に残る傑作「300dアデアウアー」!










まずは、お写真58枚を ご参考に ↓