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RollsRoyce Bentley Specialist

株式会社シーザートレーディング
TEL.
042-480-2222 (
営業時間10:00~20:00)
東京都調布市西つつじヶ丘1-58-12

CAESAR COLLECTIONSHEADLINE

LAND-ROVER

 
 AUTOMAKER LANDROVER
  MODEL


DEFENDER-90



AUTOBIOGRAPHY



ONE OF 100




  YEAR 2015'
  EXTERIOR SANTORINI-BLACK


(サントリーニ・ブラック)
  INTERIOR Black & WHITE


(ブラック&ホワイト・レザー)
  PRICE \ ASK 
  MILEAGE 7030mile(11.248q)
  AMMENITIES



「オートバイオグラフィ」世界100台限定車!






本国仕様 新車並行 右ハンドル





1オーナー





 

英国FORD製 直列4気筒 2.2L(2198cc)



ターボ・ディーゼル エンジン



Nox・PH法 適合!



6速フロアMT (副変速付きで、前進12速、後進2速)






馬力: 150馬力(通常の123馬力からUP)




トルク:40.8kgm(通常の36.6kgmからUP)




最高速:140km (リミッター作動の為)







全長:388cm!



全幅:178cm



全高:200cm



車輌重量:1910kg



定員:4名




装備




パワステ、パワーウインド、エアコン、他フル装備




内外装機関共に新車同様 稀に見る超極上車!







車検:平成31年2月9日まで




  COMMENT



世界限定:「100台」




ディフェンダーのファイナル・モデルにして




最高峰モデル「オートバイオグラフィ」








名車「ディフェンダー」は、2015年、その生産に幕を降ろす。



そして、ファイナル・モデルとして 3種類の限定モデルを販売した。




1. 「ヘリテージ」     :400台



2. 「アドベンチャー」   :600台



3. 「オートバイオグラフィ」:100台






さて、当個体解説の前に、、いつものように歴史から入ろう。



名車は、1日にして成らず 、その歴史を理解した上で乗るのが基本だ。




「ランドローバー」という車は、「ローバー社」が1948年に世に送り出した



四輪駆動車であるが、その背景から、、




大戦末期、1944年6月、歴史に残る作戦が開始される。



そう、それは、「ノルマンディ上陸作戦」



歴史上でも最大規模、200万人の連合軍が英国からドーバー海峡を渡り、



ドイツ軍占領下 フランスのノルマンディ海外に上陸するという作戦である。



この作戦により、アメリカから大量の「ジープ」が英国に持ち込まれた。



この「ジープ」の利便性に影響された英国自動車メーカーが「オースチン」と



「ローバー」だった。




「オースチン」は、「チャンプ」という4WDを作り、



「ローバー」が作った4WDが、「ランドローバー」だったのだ。




1948年 ランドローバー「シリーズ1」が販売される。




このとき作った最初のプロトタイプに付けられたナンバープレートが、



「HUE166」。 




それで、英国人は、このモデルを愛称で「ヒューイ」と呼ぶ。



スティールのラダーフレーム(ハシゴ型)に「アルミ」ボディ。



後に、軍用などでも各国で採用されることになるが、当モデルは、本来



戦後 荒れ果てた土地で困っていた 主に農民のために作られたモデルである



だから、頑丈で安価でなければならなかった。



当時は、鉄よりアルミの方が安価(航空機用が余っていたから)で、ラッキー



なことにローバー社には、戦時中 航空機を作っていた「ソリハル工場」が



焼けずに残っていた。




この工場であれば、アルミ工作は お手の物、航空機と同じように、アルミ



をリベット留めする方法で車を作ることになる。



必然の中で生まれ、見てくれなど気にしている時代ではなかったが、この 




面白いほどに無骨なボディは世界中で絶賛され、実に67年という長きに渡り



生産されることになる。




この製作工程は、同じ「ソリハル工場」にて、67年後の最終 当モデルまで



引き継がれる。










「ランドローバー」は、初期の段階で英国「ジョージ6世」により、英国王室




ご用達許可証「ロイヤルワランティ」を得、その後、「女王陛下」「皇太后」




「エディンバラ公」「チャールズ皇太子」と王家4家の「ワランティ」を獲得




(皇太后亡き後3つに)するが、これは自動車メーカーでは唯一の快挙である






1948年〜 「シリーズ1」



1958年〜 「シリーズ2」



1971年〜 「シリーズ3」



1983年〜 「90」ナインティ、「110」ワンテンに改名



1990年〜 「ディフェンダー」に改名





*「90」インチ、「110」インチと、それぞれホイールベースの長さを表す。


  
 他 商業車用に「130」もある。





「ランドローバー」の経営母体は、ころころ変わった。




近年では「BMW」傘下になったり、その後は「FORD」、そして、2008



年からは、インドの「タタ・モータース」傘下




お蔭で積まれる「エンジン」も ころころ変わった。




1998年〜  BMW製 Td5 2.5L 直5デイーゼル



2007年〜  英国FORD製  2.4L 直4ディーゼル・ターボ



      *この年より、ゲロラグ製6速(12速)ミッションに



      *この年より、リアシートが横向き対面ではなく、前向き2列に


      
      *この年より、パネル・デザイン一新
      



2012年〜  英国FORD&PSA共同開発 2.2L 直4 ディーゼル・ターボ




余談ながら、この「英国FORD」製は、良い。




私には好きな逸話がある。



英国FORDで最初にエンジンが生産されたのは、1911年のこと。



米国FORDエンジンの ノックダウンとしてのスタートであったが、その後



規模を拡大していき、1929年 ロンドン東部、テムズ川の近く「ダゲナム」の



地に新工場を作る。それは、ヨーロッパ最大規模の大工場であった。




大戦中は、「ダゲナム工場」だけでも36万台もの軍用車を作り、後に作った



「アームストン工場」では、ロールス・ロイスの「マーリン・エンジン」を



34.000基生産する。当時 世界でも 最も精度が高いとされた「マーリン」を



ロールス社と同じ精度で作ったという。



そう、働いていたのは、英国人、、彼らの手の精度は同じだったのである。



もっと余談な話、、



この「FORDダゲナム工場」が舞台の映画がある。



「メイド・イン・ダゲナム」



2010年公開の英国映画で、「ダゲナム工場」で働いて主婦が、男女間の賃金



格差に不満を持ち、全女性従業員とストライキをおこす という内容であるが



この映画は実話で、この運動は各地に広まり、結果、1970年に「男女賃金均一



法」施工へと繋がる。






さて、当個体「オートバイオグラフィ」の説明に入ろう。




「ディフェンダー」は、2015年12月20日を持って生産中止が発表されたが、



前述のとおり、2015年には、3つの記念モデルが販売された。






1.「ヘリテイジ」 :初期モデルを意識した簡易装備モデルで、



         
          限定:「400台」*「90」でも「110」でも選択可能。




2.「アドベンチャー」:「ヘリテイジ」と「オートバイオ」の中間に位置する



           
          限定:「600台」*「90」でも「110」でも選択可能。




3.「オートバイグラフィ」:最高峰の豪華版




          当初80台限定とアナウンスされたが、正式発表(販売)



               

          限定:「100台」*「90」のみの選択肢。






トータル:1100台であるが、買うのは難しかった。



なにせ、まずは「審査」に通った上で、「抽選」に当たらなければ買うことも



できない。




とっくの昔にディフェンダーの正規輸入はされていない(国内ディーラーで




抽選はできない)から、「定価」というのもない。 




抽選に当たった並行輸入業者が、当たった台数だけ、日本に輸入してきた。



販売価格の付け方も まちまちで、現地のディーラーなどで仕入れた場合、



プレミアム価格だったりしたから、ますます統一性がなかった。





もちろん、3モデルの中で、もっとも入手が困難だったのが、「オートバイオ



グラフィ」だ。 100台を世界中で取り合いなのだから。






「オートバイオグラフィ」



自叙伝、自伝などを意味する「ランドローバー」の最高峰モデルに付けられる



グレード名。だから、「レンジローバー」の最高峰モデルでも「オートバイオ



グラフィ」は存在する。



ディフェンダー最高級グレード「XS」をベースに更に豪華仕上げ。









外装:「サントリーニ・ブラック」




   アナウンスの段階では、ボディカラーは、「サントリーニ・ブラック」



   と「マット・コリスグレー」のコンビカラー のはずだったが、



   
   当個体においても、来て見たら、この色だった そうだ。



   ほかの個体を検索してみると、僅かながら他カラーも存在する。



    
   噂によれば、職人が気分で色塗った という話、、



   にわかには信じられないが、本当だとしたら、ますます面白い。





どこもかしこも「サントリーニ・ブラック」、



アルミ・ホイール(限定モデルだったブラック・パックと同じ16インチ)まで



ブラック、サイドミラーもルーフもバンパーも、どこもかしこも。





ヘッドライトは、LEDプロジェクターランプ。



ドアハンドルやヒューエル・キャップはアルミ製。




ボディ全体が、「ブラック」、アクセントに各所の「アルミ・シルバー」



実に 渋い。







全長は、僅か「388cm」




全高が、2mもあるので、でかく見えるが、実は非常にコンパクトな車である




だから、取り回しも悪くない。






内装:「ホワイト」&「ブラック」のコンビ・レザー




どこもかしこも「ウインザー・レザー」張り。




「ウインザー・レザー」は、ランドローバーが使う高級レザーで、下には




ツーリング・レザーなどがあるが、「ウインザー」になるのは、採れた革全体




の5%に過ぎないという。





この高級レザーが、シートのみならず、ステアリング、ダッシュ、天井内張り




ドア内張り、コンソール、テールゲートに至るまで、どこもかしこも。






シートに至っては、更に、「セミ・アニリン加工」が施されているという。




高級レザーには、「アニリン」と「セミ・アニリン」加工が施される場合が



ある。「アニリン」は、革染料のことで、なめしに時間をかけ、革表面に



透明感のある革本来の銀目模様をだす。



この場合、下地である革自体が よほど高級なものでないと意味がない。



「セミ・」とは、前述の加工にプラス、顔料を表面に吹きつける という加工



方法で、この場合、革は、よりキズや水に対する強度が増すほか、高級感も



一段上の仕上がりとなる。



革ジャンをオーダーしたことのある方なら、ピンときているであろうが、



まともな 革ジャン屋さんなら、「セミ・アニリン加工」した革ジャンを



お薦めするはずである。 長持ち具合が ぜんぜん違うのだ。






外装が 笑っちゃうくらいに無骨なため、室内に入ると戸惑う、、



砂漠のロールス・ロイス、、



このミスマッチこそ、このモデルの売りだ。




豪華で快適装備も全て 揃っている。



アッパーグレードされた「アルパイン」のオーディオ(CD)は、巨大サブ



ウーハーまでセンターコンソール後に配置。






機関系:





英国FORD製 2.2L ディーゼルターボは、チューンされ、





123馬力 から 「150馬力」に!




トルクは、36.6Kgm から 「40.8Kgm」に!




パワーは、確実にUP!





4輪共にディスク・ブレーキで、効きも現代車と同じ。




当個体は、本国(英国)仕様の右ハンドル。



キーは、ハンドルポスト左にある。右にあるほうが回しやすいが、、



左にある理由は、セルを回している僅かな間でさえ、右手に構えた「銃」から



手を離さないため、、恐ろしいほど 実践的作り。






6速のMTは、ゲトラグ製。



副変速器シフトは、H型で、左下にすると、デフ・ロックする。



よほどの壊滅的場所を走行しないかぎり使うことはない。



右上、「L」レンジにすると、低速走行時のギア選択(これも一般的な走行



で使うことはあるまい)。



一般走行は、右下「H」ハイ走行レンジで、、



「L」と「H」で、計:前進12速後進2速となるが、「H」しか使わない



場合は、普通に6速MT。





登板能力: 45度




渡河性能: 水深50cm



0−100km: 14.8秒 (通常モデルは、15.8秒)



最高速 : 140km (もっと出るがリミッターが効く)



燃費は、: 市街地: 7.4km  郊外: 10.3km



      平均:8.9km  ガソリンタンクは、60L




NOx・PH法 適合








走ってみた:




右手に銃を構えて(うそ)、左手でセルを回す。




ブロロロン 聞き覚えのあるディーゼン音だ。




ゲトラグ製の6MTは、マスタングと同じはずだが、シフトが長いためか、、



まったく感触が違う。



結構クラシックなタッチ。 こっちのが好い。



1速のトルクとギヤ比は、市街地では使わないでOkだと思う。



2速発進で、3速へ、 その辺走ってる分には、4速も、、で2速と3速の



セミAT状態で走れる。



クセはないし、クラッチも重くないので、女子でも楽勝。




走り出せば、これぞ「ディフェンダー」! 妙に落ち着く。



バカッ速いわけじゃないし、鋭い加速を見せるわけでもない、、



このクルマは、67年間の「歴史に乗る」のだ。




いつもの木陰で一休み。



そして、狂ったように 写真を撮る。



絵になる、、実に 絵になるクルマだ。



ボディは、リベットのあとだらけ、、こうじゃなきゃ。



しばらく眺めていると、無性に 惜しくなった。



このクルマの歴史が終わってしまったのが、、。






2016年 1月29日




「ディフェンダー」最後の1台が「ソリハル工場」で完成した。




限定の「ディフェンダー90ヘリテイジ」



その姿を一目見ようと、スタッフ、OB、総勢700名が終結。




最後の1台のデリバリーを祝福した。



その個体は、



最初の1台 「シリーズ1」と同じソフト・トップで同じカラー、、



そして、



ナンバーは、、「H166HUE」




そう、、最初の1台のナンバー「HUE166」のオマージュ。




これにて、67年の歴史は終る。






当「オートバイオグラフィ」は、他限定モデルと違い、「90」しか選択肢が



なかったが、その理由は、、



私は、こう思う。




最初の「シリーズ1」は、ショートボディ、



正当な血脈を継ぐモデルは、「90」で終りたい と、、。








それでは、写真63枚を ご参考に↓




*最終章に「白洲次郎」登場


   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   


さて、余談コーナー!




日本で最初に「ランドローバー」を乗った人物は「白洲 次郎」だと



思われる。



1951年〜1959年の間、初代「東北電力」会長をしていた際、過酷な



道路を走破する必要のあるダム視察用にと「ランドローバー」「シリ



ーズ1」を英国から輸入している(当時正規輸入はなし)。



「ジープ」ではなく、「ランドローバー」とは、いかにも英国好きの



次郎の選択である。




次郎は、最終200台の「ランドローバー」を東北電力で購入した:と



ネット情報でされている(が、私には信憑性が謎なので、関係者の



皆様 ご教授ください)。



この次郎の選択が、後にある国産自動車メーカーの運命を変えること



になる。



東北電力は、この「ランドローバー」=四輪駆動車の利便性、必要性



を使用する中で痛感していく。



そして、1970年、付き合いのあった「宮城スバル」に依頼する、、



こんなクルマはできないか? 



「ジープより快適で通年使用可能な現場巡回用車輌」



一説によれば、各ディーラーに声を掛けたものの 手を上げたのが、



1社だけだったと。




この1ディーラーのメカニックたちが四輪駆動車に挑む。




日産ブルーバードのパーツを リア・アクセルに使い、、工夫の末



1971年2月には試作車完成、走行テストで自信をつけた上で、本社




富士重工に製作を移管する。




1971年 秋 第18回「東京モーターショー」




冨士重工のブースには、2台の「バン」が展示されていた。



1台は、通常の「1300バン」



もう1台は、完成した「1300バン・4WD」であった。



だが、2台の違いは、僅か2cmの車高の違いにすぎない。



客が気がつかず、急遽ボディサイドに「四輪自動車」とデカデカと



書くはめに。



このモデルは、反響を呼ぶ。




このモデルは、結局8台しか生産されていない(東北電力へ5台、



他3台、現存するのは1台だけ)。なぜなら、この翌年



新型モデルの発表が決まっていたから、、それが、



スバル「レオーネ」1400・エステートバン4WDである。



こうして、「四駆のスバル」は、世界へ羽ばたく一流メーカーへと



成長していく。実際、スバルの技術は、国内ピカ一だと思う。







そうして余談は、更に 続く:




国内最初の「4WD」モデルは、戦前、1936年に発表された



「くろがね四起」であるが、その後、4WDの開発は海外に遅れをとる



ことになる。



前述のスバル4WDより先に4WDを完成させたメーカーがあった。



1967年 ホープ社の「ホープスター4WD」である。



このクルマは、まったく売れなかった、、時代が早すぎたか、




だが、この「ホープスター4WD」の製造権利を買った人物がいた。



「鈴木 修」 そう、「スズキ」自動車の社長である。



無論、社内は大反対、、失敗したクルマの権利など買ってどうする、




このクルマは、改良され、1970年に新型モデルとして発表される。




初代:スズキ「ジムニー」である。




結末は、皆様ご存知のとおり、私は、「ジムニー」があるから「スズ



キ」が好きなくらい。




無論、「ジムニー」では東北電力の「依頼」に答えられないから、




「スバル4WD」は、必要なモデルだったわけだ。




国内2メーカーの代表作は、「ランドローバー」と「ジープ」の多大



な影響を受けて完成していくという歴史、、






やっぱり、クルマは、「歴史に乗る」ものだ。