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RollsRoyce Bentley Specialist

株式会社シーザートレーディング
TEL.
042-480-2222 (
営業時間10:00~20:00)
東京都調布市西つつじヶ丘1-58-12

ROLLSROYCEHEADLINE

 
  AUTO MAKER ROLLSROYCE 
  MODEL PHANTOM-X 
 


 
  YEAR



1967’




  EXTERIOR
TITANINE BLACK & GARNET


(チタン・ブラック & ガーネット)
  INTERIOR BEIGE・LEATHER


(ベイジュ・コノリー・レザー)
  PRICE \ ASK 
  km

42.650mile (68.240km)


  AMMENITIES



1967’モデル





US仕様 左ハンドル



国内:平成23年登録、以来 法人1オーナー


 




V8 OHV  6230cc   4速コラムAT




全長:604cm


全幅:200cm


全高:174cm




車重:2600kg


定員:6人





装備:



パワステ、パワーウインド、クーラー、ガラス電動パーテーション、



ジャンプシートx2、リア・センターキャビネットにピクニック・



テーブルx2、内部に、新車時オリジナルの英国「ウォーターフォード



・クリスタル」社製(グラスX10、ボトルX2)、 



デリバリー時の「ハンドブック」X2









*キセノン・ヘッドレスト


*ETC車載器





稀に見る奇跡的・超極上車!



車検:平成31年1月9日まで





 
  COMMENT









「ジェームス・ヤング」コーチビルドの傑作






「ファンタム5
」の



「PV23」!








解説:




1925年発表の「ファンタム1」から続く、ロールス・ロイス頂点モデル・・




つまりは、世界の自動車の頂点モデルに君臨する「ファンタム」の5代目であ



る。



今回は、ちょいと時代を さかのぼって「ファンタム」自体の歴史から簡単に



ご解説したい。





1904年創業の「ロールス・ロイス」が最初に、その名を世界に知らしめた傑作



モデルが、1906年に発表した「40/50馬力」である。



直列6気筒・7036cc(後に7428ccに)、「ロイス」設計の自信作、、



このモデルの優れた性能をアピールするため、翌 1907年、「ロンドン〜



グラスゴー間ノンストップ・ラン」に挑戦する。




それまでの記録は、シドレーという車の「11.272km」



「40/50」は大人4人を乗せ昼夜を問わずノン・ストップ(給油を除き)で



走り、、叩き出した記録は、、「23.315km」!



ノンストップで東京・福岡間を12往復くらい、、今でも凄い、




しかも、走行直後の検査(機関を元の正常状態に戻すのに、いくらのパーツ代



が必要か?)の結果、パーツ費用は、僅かに「2ポンド2シリング」にすぎな



かった。



この驚異的な記録は、当時の人々を驚愕させると共に、ロールス・ロイスの



ずば抜けた性能を世に知らしめる。



この段階で、すでにロールス社は世界一の自動車メーカーと賞賛されている。



この記録を出した「40/50」は、シルバーにオールペイントされ、音もなく



走行することから「シルバーゴースト」のプレートが張られていた。



この後、「40/50」は、「シルバーゴースト」のモデル名で販売されるこ



ととなる。






「シルバーゴースト」は、永きに渡って生産されたが、



1925年、改良ともに新型モデルとなる。



モデル名「ファンタム」!



中身は事実上のゴーストであったが、ここから「ファンタム」の神話が始まる




伝説の頂点モデル「シルバーゴースト」の正当な後継モデルが「ファンタム」



なのだ。




・1929年には、更なる改良が施され「ファンタム2」に


 (直列6気筒OHV/7668cc)




・1936年には、ついに飛行機のエンジンと形容された(実際には違うが)



 12気筒・7340ccエンジンを積み「ファンタム3」に、




1939年、第2次世界大戦の始まりで一旦「ファンタム」の歴史は途絶える







第2次大戦後、ロールス社が本社「クルー」工場で再開、生産・販売を始めた



のは、1946年からのことである。




当初、ベントレー「マーク6」とロールス「シルバーレイス」の販売でスター



トしていたものの、



ロールス社としては、戦前の「格」を取り戻すため、頂点モデル「ファンタム



」をも復活させる必要があった。



そこで、1950年に登場したのが「ファンタム4」であるが、このモデル



(直8気筒エンジンを積む)は、王族、皇族にしか販売されず、1950年か



ら56年の間に、僅か「18台」しか生産・販売されていない。



詳しくは割愛させて頂くが、要は「ファンタム」と名の付くモデルは、



「そうゆう車」ってこと、、。




「格」を取り戻したロールス社が次ぎに発表した「ファンタム」が、



アルミ合金製・新型V8エンジンを積む、ファンタム5。 





では、ここから、やっと、、






「ファンタム5」物語






登場は、1958年、実際のデリバリーは、1959年から、



同じエンジンを積む、クラウド2(ベントレーS2)と同時に発表された。




「ファンタム5」のシャーシは、「クラウド」をベースに延長・補強されたも



ので、そのメイン・シャーシは、10tトラックのごとし、、。




新設計アルミ合金製 V8 OHV 6230cc  



ミッションは、GM製を改良し、ロールス社自身で作られた「4速コラムAT」



ロールス社というのは、飛行機のエンジンをも作れる研磨に特出した技術を



持つわけだから、エンジンもミッションも尋常じゃない耐久性を誇る。



ブレーキは、全輪ドラム式ながら、イスパノ・スイザの特許「メカニカル・



サーボ・ブレーキ」により、効き は、現在の交通事情の中でも、まったく



問題ない。



正確には、、 バブル期くらいまでは、このブレーキ・システムは怖かった、



当時、このシステムを完璧に理解し、整備できるメカニックが、ほとんど



日本にいなかったからだ。 現在でも少ないが、弊社のメカニックなら、



楽勝、正しい整備(オーバーホールなど)を施せば、これほど信頼性の高い



ブレーキもない。



普通に効く。




ロールス社も、信頼して採用したようで、当時の インタビュー




記者:「どうして、ディスク・ブレーキを 採用しないのですか?」



RR:「メカニカル・サーボ・ブレーキより、優れたディスク・ブレーキが


    
    あるなら採用してますが」




「ファンタム5」は、前期型と後期型があり、1959年〜1962年までは、「クラ



ウド2」ベース、後期型は、1962年〜1968年までは、「クラウド3」ベースで



ある。



圧縮比が違うなど、若干の機関的違いがあり、後期型のが好ましい。



*ロールス社では、もっと細かくシリーズ分けしていて、全9シリーズ、、



 これは、覚える必要はない。




「ファンタム」のボディはロールス社の自社製(スタンダード・モデル)では



なく、全て、社外の「コーチビルダー」によるハンドメイドで製作される。



「ファンタム5」は、トータル「516台」、プロト・タイプ2台を加えると



518台が、10年間で生産(オーダー)された。





そして発売から10年が経った1968年、



エンジンが、「シルバークラウド」から「シルバーシャドウ」用に改良・出力



UPされたV8・エンジンとなり、「ファンタム6」に進化する。



しかし、374台作られた「6」では、事実上、コーチビルドしたのは「MPW」



1社だけ



*2台(クーペとカブリオレ)のフルア製と4台の霊柩車を除き。







「ファンタム5」の最大の魅力は、複数のコーチビルダーが、複数のデザイン



で参加・製作したことにある。




では、参加メンバーを ご紹介しよう。





1. 「パークウォード」  :157台



2. 「HJマリナー」   :  9台



3. 「MPW」      :151台



4. 「ジェームス・ヤング」:196台



5. 「HOOPER」    :  2台




6. 「シャプロン」    :  2台



7. 「ニコルソン」    :  1台





トータル: 518台




内、2台は、「HOOPER」と「パークウォード」が作った試作車で、生産



台数に加えない場合が多い = 「516台」




ってことは、「HOOPER」が市販したのは、1台だけ、、



6.の「シャプロン」は、シトロエンDSのカブリオレを作ったことで有名な



フランスのコーチビルダーであるが、作った2台のデザインは、HOOPERか



ら譲り受けたもので、同じようなもの。かっこいいカタチでもない。



7.の「ニコルソン」の1台は、「霊柩車」だ。



2.の「HJマリナー」の9台中(1台と8台)には、2種あって、どちらも、スポ



ーツモデルの得意なマリナーらしい 平べったいスポーツ・リムジン。




「ファンタム5」において、もっともポピュラーなカタチが、「パークウォー



ド」製のデザイン・ナンバー:「980」




ところで、前述のとおり、「5」には、前期型(1961年まで)と後期型



(1962年以降)があるが、奇しくも、「パークウォード」と「HJマリナー」



は、1962年以降ロールス社の参加として合併(1959年に登記的には合併して



いたが)、その後は「マリーナ・パークウォード」製となる。




後期型は、ベースである「クラウド3」にならい、ヘッドライトが2灯式から



4灯式になるので、区別しやすい。



合併後、このデザイン「980」が、「MPW」製として、デザイン・ナンバー



「2003」となる。 そう事実上「パークウォード」デザイン。





では、「ジェームス・ヤング」は、というと




全作品「196台」中、デザインは、「種類」



デザイン・ナンバー




1. 「PV10M」  :7パッセンジャー・リムジン



2. 「PV55」   :2ドア



3. 「PV55S」  :2ドア



4. 「PV65」   :特注された変なリムジン



5. 「PV15」   :7パッセンジャー・リムジン



6. 「PV22」   :ツーリング・リムジン



7. 「PV16」   :7パッセンジャー・リムジン



8. 「PV23」   :ツーリング・リムジン




*厳密には、上記に加え、末尾に「SD」が付く、「セダンカ」が、


 
 更にワンメイク派生モデル「PV22MB」「PV23SDM」などがある。






さて、上記のうち、1.2.3.4.は、各1台だけ作られた特注物なので忘れよう。



面白いのは、この4台をオーダーしたオーナーは、全員アメリカから。



「ファンタム6」は、排ガス規制とマイルバンパー規制で、アメリカへは



輸出できなかったが、「ファンタム5」の時代は、アメリカ・マーケットが



主体だった。







では、「PV15」「PV16」「PV22」「PV23」の お話



これは、2モデルに分けて区分する。




最初に登場したのが、「PV15」と「PV22」、これは外見上、同じデザインで




室内の造作だけ違う。



と 思っていたら、、ボディまで違った、、ビックリ!



用途の違いで変えたようだ↓




「PV15」が、「7パッセンジャー」 = 7人乗り = 働くクルマ 



「PV22」が、「ツーリング」=6人乗り(事実上4人乗り)= 豪華版







ボディの違いは、「15」の方が、2.6cmほど屋根が高く、更に屋根後部端が



少し長い で、全長は同じなので、= トランクの切り立ちの角度も違う。




これは、「PV15」の場合、本当に7人乗せたかったようで、こういうボディ



に。事実、「15」の後部シートは、「22」より後ろの位置にあり、



室内空間を広くとってある。





ぱっと見じゃ写真で判別できないが、比べて見ると〜  確かに違う。



まさか、そこまで芸が細かいとは思わなかった。



おそるべし、、「ジェームス・ヤング」







同じデザイン名であるが、1962年より、2灯式ヘッドライトから4灯式となる。




そして、



1965年にデザイン変更



「PV15」が「PV16」に



「PV22」が「PV23」に




変更されたのが、リア・クォーター・ガラス、、逆三日月型に。



これが、実に、よい。わび、さびの世界。



このデザインこそ、「ジェームス・ヤング」の戦後・最高傑作!



無論、豪華版「PV23」こそが、それだ。



なにもかもが、素晴らしい、、。





生産は、1965年〜1968年 
「31台」



内、左ハンドルは、「13台」 *14台説あり。



内、4台は、「セダンカ」*前席・天井が外せる。




「PV16」の生産台数は、「11台」




この「PV23」を新車で購入した日本人が、お二人いた。






では、日本で新車「ファンタム5」を購入した方 一覧:





1. 1961年: 「英国大使館」 :パークウォードの「980」



2. 1961年: 「陛下」    :パークウォードの「980」



3. 1963年: 「陛下」    :「MPW」の「2003」



4. 1966年: 東京の「Kさま」: 「PV23」



5. 1967年: 中野の「Kさま」: 「PV23」



6. 1967年: 「英国大使館」 :「MPW」の「2003」







上記、3.の「陛下」の「2003」が、近年「陛下のファンタム6」と勘違いされ



ていた「5」だ。この「2003」は、=「ファンタム6」のデザインだから。




4.の「Kさま」「PV23」は、Kさま亡き後、売却され、キレイにレストア



(シルバーボディ)された。 ご子息様から当時の思い出話をお伺いしたこ



とがある。



5.の別の「Kさま」は、まだ ご所有されている。(ブラックボディ)



数年前に弊社で整備させていただいたことがあり、内装など、しげしげと



拝見させていただいた。 リア・キャビネットは特注していた。




上記、2台の「PV23」のほか、知る限り、3台の「PV23」= 計:5台の



「PV23」が日本に住んでいる。*内、1台、海外に引っ越したかも。



3台中の1台は、以前弊社で販売させていただいた「ブラック&グリーン」の



個体。英国の「ジャック・バークレイ」から輸入された個体で、フル・レスト



アされていた。 



*1863年創業「ジェームス・ヤング」は、1968年にコーチビルド業をやめ、



 ロールス・ディーラー「ジャック・バークレイ」の特注部門に吸収される。



この個体は東京に住み、現在も整備は弊社で担当している。




他、1台は、関西の車屋さんで販売していた個体。実車は、みていない。



そして、当個体。






では、当個体の お話:




弊社初入庫・個体の「PV23」






1967年5月:完成



1967年8月:アメリカ・マサチューセッツ州、ブルックラインに住む



      「Mrs.アンドリュー・ケネディ」に納車





んっ?




と お気づきの方もいらっしゃるだろうが、マサチューセッツの「ブルック



ライン」または、「ブルックリン」と言えば、、




そう 「ジョン・F・ケネディ」大統領の故郷



ファースト・オーナー様は、ケネディ家の一族か??



これは、調べてみる価値はありそうだ、、。



どちらにしても、当時「ファンタム5」を買えた方は、想像もつかないお金持



ちだったことは間違いない。



更に、欲しいから買えた車でもない。 購入するには「審査」に通ることが



必要だった。 



当時、新車を発注してから、納車までに1年ほどを要したと思われるが、



納車が近づくと、ロールス社から手紙が届く、、




「運転手さんを、よこしてください」




運転手さんは、ロールス社の「教習所」へ、2週間 行くことになる。



日本の自動車教習所のような「コース」があり、ここで、「ファンタム」とい



う乗り物の「乗り方」を教え込まれる。



ステアリングの持ち手は、4時40分 だの、



ルームミラーをみてはいけない だの、



そして、バック を徹底的に練習する。



正しい運転手は、小さなフェンダーミラーを 僅かな首フリのみで確認、



うしろを見てもいけないし、ルームミラーもオーナー様と目が合うので見ては



ならない。 それで、一発でキレイにバック車庫いれする。




学科もある。



ここでは、 こういうときは どうするシリーズを学習する。



例えば、



オーナー様が、葉巻に火をつけたまま、車から出て行った。



どうする:



正解は、 葉巻が床に落ちるまで見てる。



オーナー様は、すぐに戻ってくるかもしれないから。



戻ってこなかったら、床に落ちる寸前にキャッチし、それをオーナー様に渡す



例えば、



オーナー様の友人、知人宅のパーティに訪れたとき、最初に やるべし は?



正解は、 そのお宅の、給仕頭に、その家の しきたり を聞く。だ




こうして、2週間 みっちり学習し、卒業すると、ロールス・ロゴ入りの



「帽子」を頂ける。



かくして、正しい運転手さんが、「ファンタム」と共に届くのだ。



これほど、難しいから、英国ではロールス運転手さんの給料は極めて高額だっ



た。オーナーとて、自慢の運転手だから、「ファンタム」のミラーは、



最終期モデルを除き、小さなまま だった。



それは、「うちの運転手は一流だから、大きなミラーなど不要」という意味で



あった。







話を元に戻そう、、




Mrs ケネディが手放した後、オーナーが、2人変わる。




2人目のオーナー様も有名人



「ウイルソン・ピケット」



ソウル.R&Bシンガー



91年には、「ロックの殿堂入り」を果たした大物だ。



70年代には、日本でも流行し、日本版レコードが、何枚もリリースされた。



たしか、1974年に、日本公演を行ったはず、、日本公演レコードもある。



1969年 5月28日 登録



「ピケット」氏は、当時、ニューヨークのカネーギーホール隣のビルに



会社があった。 そこの名義。






3人目のオーナー様も すごい方



あの「ジョンソン&ジョンソン」社の 内の一人、「ジョンソン」氏



登録は、1971年 11月3日



「セワード・ジョンソン」氏は、人物の彫刻家としても有名で、アメリカ各地



の街に作品がある。



自宅も「ジョンソン&ジョンソン」の本社と同じ、ニュージャージーにあった





この個体を いつ売却したのか定かではないが、




次に入手し、販売したのが、アメリカ・1番の某ロールス・レストアラー、



文章で残されていて、



そのときの距離数が、「35.502マイル」= 56.803km 



仕上げた上で、4人目 南カリフォルニアに住むオーナーの元へ、



アメリカで、4オーナー



2011年 販売元に戻り、再販、



この時の走行距離: 41.702マイル = 66.723km



これを購入したのが、日本の前オーナー様、国内 法人1オーナー。




現在の走行距離: 42.650マイル = 68.240km!



事故歴なし、実走の奇跡の1台。



前オーナー様は、ながーーい お付き合いのロールス・エンスー様



ロールス・コレクターとして、弊社顧客様の中でも、3本の指に入る。





では、じっくり観察してみよう。






外装は、「チタン・ブラック」&「ガーネット」




デリバリーカラーである。



もち、ウレタン鏡面仕上げで、オールペイントされている。



ボディ上部の「ガーネット」は、ひょっとすると、そのとき追加したのかも



しれない(現在、出生証明、取り寄せ中〜)。




*出生証明が届いた、、「ガーネット」の文字はないので、やはり追加された



 ようだ。  このコンビ・カラーの方が、センスよしで正解だと思う。





塗装は、流石に、うまい。



アメリカで、これほど上手に塗装できるレストアラーも珍しい。



ビカビカだ。



メッキも再メッキされていて、ビカビカ。




このメッキも、ちゃんとロールスの それだ。



メッキにも、ピンからキリまであって、安っぽいメッキじゃ「PV23」に



申し訳ない。





ボディは、無論、総アルミ製。



実物大の木骨を作り、それに、合わせながら、イングリッシュ・ホイールと



呼ばれるローラーで局面を出し、数十種類のハンマーを使い トンテンカン、



完成したボディは、ベルトコンベアー製品を遥かに凌ぐ精度、、





当「PV23」は、観音開きのドアを持つが、すごいのは、この ドアだ。



前後のドアを同時に閉めても、接触しないのだ。



この精度は 脅威的で、同時期「MPW」「ファンタム」も観音開きであった



が、こちらは、ドアを同時に閉めると 僅かに接触してしまうため、1枚づつ



閉める必要がある。




とにかく、「ジェームス・ヤング」の「5」における「作り」だけは、気合が



違う。 「これが まね できるか?」とでも聞こえてきそうな職人気迫。



凄過ぎる、、。




全長:604cm  全幅:200cm  全高:174cm




威風堂々、、山の如し。






内装は:




「ベージュ」コノリー




驚くべきことに、どうやら、オリジナル・コノリーのようだ。



と思っていたが、前述、歴代の尋常じゃない お金持ちオーナーの面々から



すると、早い時期に張り替えた可能性がある。



それなら、コノリーレザーも簡単に入手できたし。




戦前は、オーナーが変わるたびに、好みの色に塗装し直したり、内装を



張り替えたり、なんなら、ボディ形状まで(リムジンからオープンとか)



変えていたのが、ロールス乗り・という種族。



ただし、どんなに最近・張替えたとしても、2002年以前ではある。





実際、実走:6万キロだから、こんなもの ではあるが、、。



どちらにしても、ここまで柔らかくキレイに維持してきたのは、奇跡的。



革は、十分な弾力を保ち、しっとりとしたコノリー特有の風情を残す。



大事にされ加減に感動する。




ウッドも、オリジナル「バー・ウォールナット」であるが、表面のクリアは



リペアされているので、こちらも新品同様の輝き。



この「ウッド」が、また凄い、、。



杢 ウッドの木目がハンパじゃない。 のちには観る事ができない巨大な



「バー」が使われている。



美術館級、、 あきれるほどの美しさ、。




「PV23」の見所は、リア・キャビネット。



2つのピクニック・テーブルを開くと、奥に鏡、 木目は、一腹の絵画。




その下には、グラス・セット、左右 各 5ケづつ 計:10個




そして、センターのキャビネットを開くと、ライトが点灯する。



またもや、奥に鏡、



クリスタルのボトルが、2つ 輝く。



劇場。




このグラス&ボトルも、なんと オリジナル!



英国「ウォーター・フォード・クリスタル」製 ハンドカット・クリスタル。



割れなし、カケなし、欠品なし。 信じられない。




キャビネット下部には、折りたたみ式シート(ジャンプ・シート)が、左右に



格納されている。



引き出せば、シートとなる、、これは、本来、通訳でも座るためのものだろう



が、今となっては 子供用。



が、いざっ て時、6人乗れる というのは有益だろう。





後部シート、右・逆三日月窓下には、当時物「ラジオ」



左には、エアコンの調整ツマミ。



左・肘掛には、3つのスイッチ



内、右の丸い黒スイッチが、パーテーションを下げるスイッチで、



左が上げるスイッチ、電動で 音もなくガラス・パーテーションが上下する。



中央のトグロ・スイッチが、室内灯ON・OFFスイッチ。



右・肘掛のスイッチは、右が上げ、左が下げ、中央は、アンテナ出しスイッチ




座り心地?




陛下も王様も文句なし。








機関系も、かなりの整備が施されている。



しかも、エンジン・ルームの中も、恐ろしく美しい。




この「V8」エンジンは、無敵だ。



パーツ供給も、生きてる間には、困らない。






乗ってみた:




キーを差込み、3秒ほど待って、セルを回す。 一発でV8が目覚める。



オートチョーク、エンジンが暖まるまで、回転数が勝手に高いから、テクニッ



クは、必要なし。



温まるのに、さほどの時間は要さない。 アイドリング回転が下がる。



ハンドルポスト左のシフト・レバーを、3速に入れ 走り出す。



4速発進でも問題ないが、出足3速を使うと、キビキビと走れる。




それにしても、当個体のエンジン音は、とんでもなく静かだ。



十分な加速、現在の交通事情の中でも、普通に走れる。むしろ、速い。



いや〜 まさに 大型クルーザー、、大は小を兼ねる。



こりゃ 運転手が一番楽しい!




こんな楽しい乗り物ない ってほど。



6m4cmは、大きく感じるだろうが、そこらを走ってる 2tトラックより、



小さく、簡単に運転できるのだから、誰にでも乗れる。




オートマ、パワステ、パワーウインド、よく効くクーラー、快適に走る装備



は、全て備える。









世界「31台」の「PV23」は、世界じゃ、もはや価格高騰し、現時点で売り



物を持つ英国 某・有名専門店では、当個体の 1.5倍の価格で販売されている。



日本は、世界一安価な市場なのである。




また、今、当個体の価格で下記ロールスの新車は、購入することができない。



・ゴースト・ロング:4030万円



・ファンタム   :5460万円



・ファンタム・ロング:6540万円




はっきり、言って、不当に安い。でも、それが日本価格。




しかも、当個体のコンディションは、「31台」中でも最強だろう。





「動く家宝」




一時預かり人募集!











まずは、怒涛の写真「106枚」を、ご参考に↓